【中輪に蔦】
**蔦紋 抜粋**
将軍から芸妓まで大流行
八代将軍吉宗が好んだことで有名。将軍様にあやかって、大名から町人まで、徳川時代に大流行した家紋。なかでも松平の諸家が、主家紋の葵から蔦に替える例が多く、また幕臣も百六十余家が用いた。その上、苗字を持てなかった花柳界の芸妓、遊女にまでひろまった。
ツタは、ブドウ科の多年生落葉草本。茎は九番を有する巻ヒゲで他のものに絡みつく。地をつたわって伸び、美しく紅葉するさまが楓に似ているところからツタカエデともいい、また地錦とも呼ばれる。観賞用として塀は壁などに這わせる例が多い。
葉は、掌状に三~五裂、または三小葉から成り、柄は長い。蔦紋は微妙な形をした葉の模様と曲線の美しさをモチーフに、絵画的な描写でバランスよくまとめられている。五分裂した葉そのものが基本形で、キザミの入った鬼蔦、蔓のある蔓蔦、花形の花蔦などの変化に加え、葉数の変化や、三つ盛り、尻合わせ、頭合わせ、結び、菱、浮線などの種類も多い。
”想うまいぞ蔦ないおぬし、とても望みは金輪梅” 花柳界のざれ歌ひとつ
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